vol.5 きれいな水を求めて
江戸川鉄橋を中野行きの快速電車が走り抜けていきました。その下をゆっくりとした大河の流れが海にむかって注いでいます。 浦安と東京都江戸川区の間を流れるこの川は、いつのまにか旧江戸川という名称になってしまいましたが、私達にとってはいつまでも江戸川であり、浦安を生み育(はぐく)んだ母なる川であることには変わりありません。 かつての江戸川の流れは今より水量も多く、水もきれいでした。
ところが残念なことに、この母なる川が昭和30年ごろから、流域の工業化とピストン操業のあおりを受けしだいに水質が染濁され、魚もとれなくなり、衛生ならびに安全上遊泳も禁止されてしまいました。
それから約十年以上の間、江戸川の水は汚れを増し、そこにわずかに棲む魚たちも食することの出来ないものとして扱われ、干潮時には岸辺にゴミや油がたまっている状態が続いていました。 しかし、喜ばしいことに七年ほど前から、私たちの川、江戸川がしだいに浄化され多くの魚たちも帰ってきましたし、岸辺の環境も徐々に良くなっています。
これは本州製紙事件を契機に制定された水質汚濁防止法による取締り強化と、関係自治体や団体による浄化運動の積み重ねによるものと思います。
愛するである川、この江戸川辺りを海に向かって歩いてみると、今でも多くの野鳥たちに出会います。セグロセキレイの若い恋人たちが元気に、そして忙しそうに走りたわむれている様子、渡りの羽を休める場所をさがしているのか、ゆっくり飛び回る数羽のカモ。夏の間急降下の妙枝をたっぷり見せてくれたアジサシのパイロット達は、秋十月をさかいに去ってしまい、今は見られませんが…。
堀江のドックと俗によばれている所までくると、ユリカモメが数羽飛び交っていました。この場所は、いまでは数少なくなった沖漁や貝捲漁を営む人たちの漁船溜りのあるところです。荷揚げや船あらいの時に水面におちる小魚や貝あるいは残飯などを求めて集まって来たのでしょう。中には、ゆうゆうと近くの棒杭にとまり様子を見まわしているものもありました。 カモメは、可愛い目、独特の鳴き声、そして羽をいっぱいに広げ、グライダーが旋回するように、ゆっくりとぶ様子など、多くの人達が子どものころから最も親しみ愛している鳥といえましょう。ウミネコ、ユリカモメなどが同じ仲間です。
この愛すべきカモメたちは、いうまでもなく水を求めて飛んで来ます。きれいな水は私たちのうるおいのある生活のためにも、カモメをはじめとする水鳥たちにとっても大事な生命線です。このことをあらためて再認識し、母なる川江戸川を、もっともっときれいにするために、お互いに気を配りながら、その運動や施策をより強く推進していこうではありませんか。